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ザウルストレイン
森下 久志
ESSAY: Hisashi Morishita


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もちろん、僕らのは100年前に戻ったり、未来のたぶん素敵な世界を覗き見したりすることは、できない。
だけど僕らにはタイムマシーンがある。

ほんの少しだけ短い時間、季節を行ったり来たりできる僕らのタイムマシーン。
僕らにだけ夢を見せてくれるタイムマシーンがある。






そのタイムマシーンで旅に出れば季節を遡り、過ぎゆく冬とくゆっくりと訪れる春の間を行き来し、9月には残暑を飛び越え、一足先に初冬の冷たさを少しだけ先に楽しむことだってできる。
1週間か10日くらいだけど、僕らをちょっとした時間旅行へ連れて行ってくれる。

その僕らのちょっとした時間旅行が時の流れに影響を与えることはない。
僕らの夢見る景色を、心に描く想像を見せてくれるだけ。

他の人にはわからないかもしれない僕らだけの時間旅行。 僕らを乗せて見たこともないものをたくさん見せてくれた。
いくつもの僕らの夢が叶えられた。
それは今でも、これからも、僕らの想いのままにいつまでも続くはずだ。





早朝5時。
空気は引き締まり、街はまだ寝ぼけている。
二人の男が都会の住宅地で近所に気を使いながら支度をする姿。
今年も何とかして一匹の魚に出会いたい、ただその一心で一週間分の荷物と夢と想いを詰め込む。
その姿から悲壮感など微塵も感じられない。
気合い、ヤル気、妄想、願望、野望、僕らはエネルギーの塊なのだ。
カーブの多い首都高をぬけクルーズコントロールを60マイル、およそ90キロ強にセットすると景色が、気持ちが急に踊り出す。
さぁ、新しい旅の始まりだ。

何年も通い続けている道、旅慣れた道。
僕らの苦闘や希望や傷心を道連れに、走り続けた道。
元ラジオ番組のディレクター厳選の音楽が車内に響き、車窓の景色はいつもより早く流れていく。タイムマシーンは自由になり、そして想いのままに走りだす。
僕らの心を躍らせながら走るタイムマシーン。
みんなの笑顔が待っているあの河を目指して僕らは走る。



最後の旅となったのはあの日の峠越え。
東北道のインターを降りたあの時、僕らがいたのは確かに初めて訪れた初夏の東北の街だった。
昼は蕎麦だと決めたはずなのにラーメン屋の看板に気を魅かれながら街道を山道に向けて走る。
開けた窓から車内に飛び込んでくる乾いた空気が胸一杯に広がり今回も素晴らしい旅になることを改めて予感させた。
この心地の好い空気感だけでも、梅雨を目前にした東京では味わうことはできない。
それだけでも十分だったかもしれない。


峠越えの道程はおよそ2時間あまり。山の向こうにはイタリアンシェフのディナーとワインが待っている。
何よりも初めての河が待っている。
急ぐ心に言い聞かせ、アクセルを加減しながら一気に峠道を登って行く。
峠道に入り10分と経たないうちに飛び込んでくる風の冷たさに自然と窓を閉める。少しずつだけど気温が下がっていくのがはっきり分かる。

そうだ、時間旅行の始まりはいつも決まってその土地の空気感が知らせてくれる。

辺りの景色も新緑から冬枯れへと間違いなく季節を連れて時間が逆に流れ始める。
眼下に新緑のやさしいウグイス色の野原を残して僕らは天空を目指す。
見上げれば枯木立の枝越しに透けて見えるのはうすい青空。 そこから先は東北の山並み。
高原にある湖の景色を楽しめる緩やかなワインディング。
時代を思い起こさせる、それはまるで時に取り残された田舎道。
時間が止まったかのような静かな景色。





いまだ冬景色の峠のピークは春の霞のかかったようなうすい青空。
山肌や空が透けて見える枯れた林が続く山道。
初夏を目前にしたこの時期、まるで命の輝きを感じない。
アスファルトは冷え、山上の湖面には、釣りのものと思われる船が残す波紋だけがキラキラと輝きを広げているだけ。
6月なのに気付けばインテークから入ってくる風の温度に耐えきれず、ヒーターの温度を上げる。
恐らく雪の時期は空気も景色も凍りついて全ての動きさえ奪うほどなのだろう。
景色だけでなく空気もまだ晩冬の名残の冷たさのまま、東京の朝に感じたあの緊張した感覚が甦ってくる。


ギアを2速落としてエンジンブレーキを利かせてゆっくりと峠を降りる。
落ち着かない僕の鼓動のようにエンジンの回転が上がる。
心地の良いテンションを感じながら峠を降る。

あの時、確かに僕らは時の狭間に迷い込んだ。

それは日本の色んなところに旅してきた僕らにとっても初めての経験だった。
そこでは梅も、桜も、スイセンも、スミレも、花爪草も、チューリップまでも、全ての花が今、同じ時にいちどきに咲いている。



カーブを越える度に季節は春に向かって加速する。
春がどんどんやってくる。
農家の石垣には芝桜が咲き、空には鳥がさえずる命の光りに輝く春の山里。
そこに生きる全てのものが一斉に、しかも何の迷いもなくその命を目覚めさせているような景色に見える。
それは冬の厳しさがそうさせるか。

あの日、あの時、一体僕らはどこへ迷い込んでしまったのか。
あの時間は夢だったのか、現実だったのか。

都会で乾いた心が無意識に求めた幻想だったのか。
冬枯れの景色からほんの30分ほど走っただけで、僕らが出会ったあの光景は本当だったのだろうか。
僕らだけが見ることができたつかの間の夢だったのか。
思いがけない時間旅行。
もう少しだけゆっくりと感じたかったつかの間の時間旅行。





里川に辿り着いた僕らを迎えてくれた仲間の笑顔、ランタンの揺れる光、笑い声、なぜかこの幸せは永遠に続くのではないかとさえ思えた夢のようなあの日。
昼間のあの時間旅行がその想いをより強くさせたのかもしれない。



たとえタイムマシーンに乗ってもあの時にはもう戻れない。
そのことだけがシャツに滲んだワインの染みのように今も心から消えない。
2010年6月、初夏に体験した冬から春への時間旅行。






今年も春が来た。
いくら正月が寒くても新年を迎えるといつもそう思う。
本当の寒さはこれからが本番だが、僕のもう気分は春だ。
今年もまたあの河を、あの湖を目指して走り出す旅が始まる。

恐らくは昨年までのあの楽しかった旅とは少し違っているかもしれない。
もしかすると、もっと忘れられない素敵な旅になるかもしれない。

いずれにせよこれからも僕は旅を続けていく、
そう決めた。











あの人がいれば何と言うだろう。
どんなハプニングが起こっただろう。

これから僕らは何を感じるだろう。
これから僕らは何処へ向かうのだろう。

あぁ、早く出かけたい。
これからはもっと、もっと日本中の仲間に、みんなに会いに行こう。

僕らのタイムマシーンに乗って旅に出かけよう。
みんなに会いに行こう。
助手席には写真を乗せて僕だけのソロドライブを楽しもう。

そしてまた少しだけ時間を行ったり来たりしてみよう。

きっと何かに出会えるはずだ。
僕はそう願っている。


できるなら、ひと眼でいいからもう一度だけ会いたい。
今はまだ、そう願わずにはいられない。



(2011年1月)




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