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Tokyo Rod & Gun Club
田中 秀人
ESSAY: Top Notch


ESSAY TITLE




飛騨山脈からの吹き下ろしが、高山盆地を一気に駆け下りた。
春だというのに、高山ではサクラどころか梅の蕾もまだ固い3月の終わり。日本の春は色濃くにぎわい始め、サクラの便りが各地から届けられる。
飛騨でも富山方面に20分ほど走ると、堤防の土手や田んぼのあぜ道で、春の歓喜にはしゃいだツクシやフキノトウの花が、高い太陽を目指して早く大人になりたいと思いきり背伸びしている。「ズズーン!ズン!」
背伸びする音が今にも聞こえてきそうだ。
数週間で短い春を駆け抜け、成長したツクシはスギナに、フキノトウは立派な蕗に成長して次の季節を迎える。

昨日は高山も比較的暖かく、雨が降った。
一雨ごとに足早に春の足音が聞こえてくる。
この時期、飛騨の本流では、北アルプス3000m級の峰々を集め、太く重い雪代が本流を全力疾走する。
蓄えに蓄えたエネルギーを一気に放出する怒涛の流れは、全てのものを寄せ付けない圧倒的なボリュームで一気に日本海まで走り去る。



今年は厳しい冬だった。
待ちわびて、待ちわびてようやく訪れた春。雪代は、雪国の人間にとって生命の復活を告げる遅い春の代名詞なのである。幾重にも重なった残雪の層が、大気からそして自然の循環からの栄養とミネラルを豊富に蓄え、全てのものが待ち焦がれていた春の雪融けによって、川にそして大地へと魂が吹き込まれてゆくのだ。雪融けによりプランクトンや水生植物はみなぎるエネルギーを授かり、繊細な水生昆虫たちが動き出す。それを追って小魚が騒ぎ、その小魚を狙う本流の主役たちが動きだす。
雪が多い年で雪代が太い年ほど川は豊かで、ビッグトラウトの当たり年となる。

大地が潤い五穀豊穣を願い、耐え忍んだ人々の顔に光が戻るこの瞬間。雪が溶けて「あー・・・。春が来た。」しみじみと、喜びをかみしめる。
雪代は全てのよどんだものを押し流し、新しい生命のリセットに入る。宮川の水はダムからの大量の放水もあり、ちょっと釣りには辛い状況にある。



2008年3月末日。
遅い春を待ちわびたツキノワグマの小熊が、山奥から背伸びをしながら富山の神通川を目指して宮川沿いを下っている。
「神通川」飛騨山脈から日本海まで一気に駆け下りるその勇猛な渓相は、ゴツゴツとした巨岩や奇石が連なり、男性的で押しの強い雄大な北陸の大河である。そしてその太く強い響きが、常に飛騨人の文化と精神を支え続けている。
飛騨の宮川を水源とし、飛騨の高原川と合流して神通川をなす。
常に僕は尊敬と憧れのまなざしを、上流の山奥から送っている。そして、この太い流れが、海から光輝く回帰を呼び覚ます。
神通川の代名詞「神通マス」。巨大なサクラマスが遡りそのマスに敬意をこめて「神通マス」と呼ぶのだ。
飛騨地方ではその価値は他河川のサクラマスとは比較にならず別格扱いだ。
高山の魚河岸にはサクラマスが並ぶ。中でも神通マスの価格は群を抜いている。さらにその中にも「本マス」と呼ばれる存在がある。幅の広い板マスではなく、砲弾型の筒のように丸くて太いサクラマスが、「本マス」と呼ばれるのだ。
「神通マス」の中でもより上質の脂が乗るその魚体は、別格の扱いを受けるのである。そして、その中でも海獲れではなく、川に遡上してちょうど1週間くらいの「本マス」が、ほのかな川の風味をまとい最極上とされる。ここまで全てがそろった3kg以上の「本マス」になると、さらなる破格の扱いだ。
まさに、飛騨の食材では究極ともいえる位置に「本マス」は君臨する。
飛騨の伝統と文化には、この神通マスが切っても切り離せない春の夢物語なのだ。

飛騨人の僕にとって、特別の思いがひしめく「神通川」
僕の神通川に対する強い思いは、ザウルス エッセイ「遥かなる我が飛騨の川」に綴っているので暇なときにでも、覗いてみてください。



さてその神通川、10数年前はおおらかに釣りが出来た。現在は抽選で選ばれたわずか70人の一般のアングラーと数十人の地元組合員のみが、神通川本流でのサクラマス釣りを許される。サクラマスは1日2本まで。年間5本まで(リリースを含む)。
ここ数年は不調で、年間5本どころか1本も釣れずにシーズンを終える行使者がほとんどであったらしい。さらに、今年は河川工事で下流部の流れが右岸側に寄せられ、流れがストレートにかっ飛んでしまっている。今年の前評判は最悪だ。
サクラマス採捕は4月1日から5月末日までの2ヶ月間が許可の期間で、その間はその他の釣りも一切禁止となり厳しく管理される。
3万円以上の高額な行使料、かなりの上流域とずっと下流域の2区間でのみ釣りができるが、本当に釣りをしたいポイントはこの中間のエリアにほとんど点在している。しかし残念ながらその区間は全面禁漁区となっているのだ。
こんなに制約があって様々なリスクも有るが、それでもこの本流にどうしても立ちたいのかって?
釣れる!?釣れない?!そんなことは別にして、
お膝元の大河が10年間もおあずけを食らう、このもどかしさ。
ようやく抽選で今年の行使権を手にして、川に立てるだけで格別の喜びを感じている。実はこの抽選が始まって9年間ハズレの連続、毎年応募し続けて10年目の今年初めてようやく当選したのであった。
相変わらずの、くじ運の弱さには落ち込んでしまうが、当選は当選だ。しかも70人の当選中、70番目の選抜でぎりぎり当選。
抽選当日に抽選会場に見学に行っていたら、心臓が破裂していたに違いない。おもわず苦笑がこみ上げてしまう。こうして、募り募った思いを抱えて、今僕は神通川の解禁を目指している。

4月1日解禁を迎えるその前日、神通川に入った。事前情報は少ない。工事の影響で流れが変わっているので、自分の目で確かめるしかない。水は2週前に下見したときよりもかなり多い。雪代が入り薄い濁りが入っている。
夕方、現地踏査をしていると、1人のアングラーに出会う。
「マスですか?どちらから?」情報交換をしようと思い、話しかけてみる。
「長野の木曽から来ました。神通は2度目の当選です。」木曽といえば飛騨山脈の反対側。話を聞くと、飛騨にもよく釣りに来ているらしい。
南アルプス系を釣り歩いているだけあって、過去に素晴らしいアマゴを多く釣り上げている。渓流がメインのため、サクラマスは一昨年と今年のチャレンジだけで、まだサクラマスは手にしたことが無いという。釣り込んでいるので、あとは本流へのアジャストだろう。

二人で川を見ながら、下流の区間を歩いてみる。
太い流れ、下流区間の最上部にある富山大橋はかけかえ工事で、その下流は流れが寄せられてストレートにカッ飛んでいる。最下流部のテトラは増水で水没していて、マスがかかったら大変なことになりそうだ。
ポイントは案外少ない。
「もうここしかない、ここで出なけりゃマスはいない。」強く感じて、自分で選んだ大本命のポイントを陣取ることにした。
「一昨年の解禁も、この上下で釣れてましたよ。」木曽の彼がフォローする。さらに「一昨年は、朝4時頃起きたらもう暗いうちに人が川にズラーッと立ってましたよ!」
「まじめに?これは覚悟を決めるしかない。」このチャンスを逃したら、解禁はボウズかもしれない。「明日は早起き(不眠?)しよう。」そう、決意してポイントの前にキャンパーを止めた。
「一昨年も、ポイントの前で寝ましたけど、関係なく先にどんどん入られました。」
「うーん・・・。もう、3時起きしかないだろう。」



夜になると、富山の仲間がやってきた。
彼は同じく明日解禁する、富山の庄川(神通の隣の川)のサクラマス解禁に向かう。2人で前夜祭をキャンパーの中で、神通の川原でということになっている。

その夜は太く重い闇の流れを見つめながら、恒例のサクラマス談議が続いてゆく。
「この橋のたもとは3mくらい深くえぐれてますよ・・。その下に行くと2mも無い。ここ潜ったことがあるので間違いないですよ!」富山の仲間から良い話が聞けた。
「なるほど、けつのかけ上がりから開きだな・・・。」選んだポイントに、さらに自信がわいてきた。単純な小熊はもう釣った気になっている。本当に単細胞で情けない。

富山の友人が下げてきたボルドーのプチ・シャトーが、柔らかくゆったりと時を支えてくれる。光がボトルを通し、テーブルが明るいルビーがかったワインレッドに揺れている。希望に満ち溢れたルビー色に染められて、フレッシュなアングラーとの出会いから始まったこの旅は、さて吉と出るのか凶とでるのか?優しい香に包まれ、神通の太い流れがバックグラウンドミュージック。僕たちの高ぶる心を、穏やかな夜更けの風が心地よくなだめてくれた。
「明日は、木曽駒と飛騨のツキノワ小熊の、偶然が呼んだ不思議な取り合わせだな・・・。」街の川面にサーチライトのように橋の上を行き交う車の光が揺らいでいる。
まどろみの中、足早に夜はふけていった。「良い日になりますように・・・。」



案の定、一睡もできず、3時にアラームがなった。2~3台の車が、河川敷を走っている。キャンパーの前には「木曽駒号」が1台。
僕らの周りに、もう2台車が止まっている。早くも、ポイントの争奪戦が始まっている。
キャンパーの外に出てみる。夜半から雨が降り出し、冷たい風が駆け抜けていく。
「おはようございます・・・。早いですね・・。」眠そうに木曽の彼も車中から現れる。
「僕も、1人だから今日は一緒にやりませんか?ここは2人で入れるから・・・。」

先に身支度を終えた僕が、場所の確保のためにポイントに向かう。自慢じゃないが、異常に準備が早い。(早いからといって、釣れるわけじゃないのに。)
ポイントに張り付くと、本日の相棒も20分遅れでポイントにやってくる。さて、これから2時間、熊と駒は橋の下で雨をしのぎながら日の出を待つことになる。
雨が強くなり、時に突風が真冬並みの装備をした体を押し倒そうとする。雨は橋の下でしのげるが、冷たい風は容赦なく体温を奪っていく。指先の感覚が無くなってゆく。この状況で2時間は辛いが、偶然現れた相棒が話し相手になってくれる、助かった。

「サクラはトゥイッチしたほうが、釣れますか?バラシの確立は?・・・」木曽駒は、はやる気持ちが抑えきれず、ポイントを前に質問を投げかける。
「僕はトゥイッチャー。ただし、トゥイッチングはヒットする確率は上がるけど、バラシも多くなる。2バイト1ゲットくらいかな。」
「結構、ばれるんですね・・・。最初の当たりでばらしたらどうしよう・・。」
「ほんとにバラシは嫌だよな・・。でも宿命的にバラシと背中合わせだからね。」矢継ぎ早に質問がやってくる。
「沈めたほうがいいですか?」「トゥイッチングのストロークは?」「ミノーサイズは?カラーは?」・・・・・・・。
私見だけれど、丁寧に一つずつ答えてゆく。そして色々話をしながら、自分にも言い聞かせて作戦を組み立ててゆく。
「この手前が深くなっている。20mくらい下で駆け上がって浅くなる。下にトロ場があるから、あっちで休んでいるやつが8時から9時ぐらいに動いて僕らの目の前に入ってくるんだ。こういうやつはやる気があるから喰って来るんだよ!チャンスはどのタイミングで来るかわからない。待ち伏せして引き倒すんだ・・。」木曽駒が小熊のささやきに真剣に耳を傾けている。
「僕と君の間、この30mくらいの間できっと出るよ。」

空が白み始める前に、僕らの上にも下にも対岸にも人がびっしりと張り付いてきた。「大丈夫、僕らがベストポジションをキープしているから・・・。」うなずく2人。
悪天の解禁日。このポジションで引き倒さなければ後のチャンスは極端に少なくなる。
視界には、川に立つ20人以上のアングラーが目に入てきた。土手には入る場所さえ見つからず、人がウロウロし始めた。薄暗いうちに静寂が破られ下のほうでロッドの風を切る音が聞こえた。
「ビュッッ!」
川に張り付くアングラーたちは無言のまま、いやがおうでもテンションが上がってゆく。
5分もしないうちに周りが騒がしくなってきた。
「ビュッッ!」「ビュッッ!」・・・・・・・。響くキャスティングのアンサンブル。「そろそろ始めようか!」一声かけてから、いよいよ僕らもスタート フィッシング。
木曽駒はさすが、やりこんでいるだけあって、キャスティングも美しく、飲み込んだアドバイスをしっかりストロークに反映している。
「よし、釣れるな!それで間違いなく釣れるよ!」
「本当ですか?!」

しばらくすると、僕らのずっと下流のトロ場でロッドがしなっている。銀色の魚体が薄ぐらい中で確認できる。「サクラだ!やっぱりこの下のトロにいた!」
無事ランディングを確認すると一声。「よし、予想通りだ、次はこっちに来る!」
「あの場所、昨日は入ろうかどうしようか迷ったんですよね・・・。」熊は強気!駒は弱気になっている。
「大丈夫、僕らの前に必ず入ってくる。時間は8時~9時!さらにこのポイントだったらダブルかもしれないぞ!」不安なのか信じられないのか、駒からの返事は無い。

時間は8時を過ぎようとしている。2時間以上引き倒しているが、僕のテンションはさらに上がっている。
木曽駒がつぶやく。
「辛いですね・・。休みながらやらないと・・・。」
「ちょっと、場所変わらない?君の立っているところの川底の状態が知りたいんだ。」僕は彼の立っているけつのかけ上がりの状態が気になり場所を入れ替えることにした。



場所を変えて、探ってみるがどうやら思ったよりも浅くなっているようだ。「僕の立ってた場所がベストかもな、続けてやってみてよ。」ポイントを譲って、その上の流れの強い部分を探ってみることにした。
それから5分も立たないうちに、静寂が破られた。「ヒット!き、来ました!」念願の1発目が木曽駒に出た!

ギンギンにフラッシュしている。一気に足元まで寄せて、バシャバシャいっている。
「巻きすぎ!巻きすぎ!慌てないで!」一声かけてネットに手をかけ駆け寄る。彼は自分のネットをもってランディングに入る。
アシストは必要なさそうだ。
「バシャッッ! ガサガサガサッッ!」一発でネットイン!
「ヤッター!!」木曽駒の雄叫びが大河に響く。「おめでとう!やっぱり出たじゃないか!」見事なサクラマス。初サクラ56cm!サクラ咲く!
フレッシュアングラーにサクラもフレッシュランだ。ウロコがハラハラと剥がれ落ちてゆく。
駒のサクラを熊は自分の事のように心からうれしく思い、感激のあまり晴れやかに祝福の握手攻めだ。がっちり握手を交わすと、かすかに彼の手が震えているのがわかる。そりゃそうだろう、生涯初のサクラマスだ!耐え抜いた甲斐があった。紅潮する彼は、携帯で写真を撮り始めた。
「仲間に写メ送って自慢しますよ!」
「そりゃそうだ、本当に自慢に値するよ!」サクラマスをまじまじと眺める彼を横目に、一声かける。
「次、僕がそこ入らせてもらうよ・・・。」



しばらくして釣りに戻った彼の背中がたくましく見える。
「今朝と、全く別人だね。キャスティングは魂がこもって、ストロークもアクションも迫力十分。背中に“釣れる!”って自信がみなぎっているよ!」
「本当ですか!?ありがとうございます。」釣れると、釣り人はがらりと変わる。自分も含めてだけど、まったくもって単純な人種だ。彼の背中を見ながら、ニヤニヤしている。
さて、気合を入れなおすぞ。がぜん元気になってきたぞ。
THE NEXT ONE IS FOR ME!
完全にスイッチが入った。「ぜったいダブるぞ・・・。」
もう一本出ると疑いも無く、大河に意識が吸い込まれてゆく。そして10分ほど経過した、本流のピンスポットで狙い通りの衝撃がやってきた。
「ズズドンッッ!ズン ズン ギュギュギューン!!ギンギンギラッッ ギラッッ!」
「強烈に・・重い当たりだぞ!」かなり大型のサクラマスだと確信する。
ドラックは障害物が有るので強めの2.5kgに絞っている。

「ズズッッ ズズッッ!」じわりじわりとドラッグがでる。一発目のローリングが止まった。ゆっくりじっくり寄せてくる。
15mほどのところにテトラが4個沈んでいるのが見える。どうしてもそこを通るので、その部分は強引に寄せる。
「グデン グデンッッ ギュン ギュン ギュンッッ!」テトラを超えてまた激しく抵抗する。大型のサクラマスになるとこの重量感が全く違ってくる。再度走られるとテトラに突っ込まれる可能性があるので、強引気味に一気に川原にずり上げた。
「で でかいですねー!!○×◎△▼・・!」木曽駒が叫ぶ。興奮してもう言葉になっていない。
「ヨッシャーッッ!!!」熊も雄叫びだ。狙い通りの8時30分に2本目が出た。
膝が震える。持つ手も震える。
「サイズアップしましたね!さすが、腕の違いがサイズに出た!」
「なに言ってんの!腕とか言うのはやめてよ、関係ないよ・・・。そりゃ、たまたまだ。ヒットするサクラのサイズまで選べないからさ・・。」昨日初めて出会った駒と熊は、一瞬のうちに自然と旧知の間柄のようにうちとけてしまった。

腕がいいとか、人より釣ったとか、今年何本釣ったとかそんなことはどうでもいい。目の前に横たわる納得の一本である事が大切なのだ。腕は二の次、へたな鉄砲も数打ちゃ当たるだ。
主役は神通川と手に収まったサクラマスのほうで、ぼくは、一瞬の瞬きのようにその聖域に受け入れてもらった運の良い小僧だ。






ネットに大きなサクラマスを移すと、水通しの良い場所に移ってメジャーを当てる。
「でかいな!ものすごく太っている!」ビカビカのフレッシュランでウロコの半分近くが剥がれ落ちた。
迫力の魚体が美しい、神々しい。周りから人も集まってきた!
「おめでとうございます!」「ちょっとサクラ見せてもらってもいいですか!」数人集まってきた。
まさに「神通マス」の名に恥じない、65cm、3.5kgの砲弾型の「本マス」だ。募りに募った、恋焦がれた春の夢が今この瞬間に成就したのだ。
体が震える、足が地に着かない。これほどまでの感動の出会いになるとは、想像すら出来なかった。不覚にも熱いものがこみ上げてきて、それがおもわず目頭から滴り落ちてしまった。サクラマスを釣ってこうなったのは、20年近く前に初めて九頭竜川でサクラマスを釣って以来かもしれない。

涙と感動にむせぶ、熊と駒。僕たちの本流のサクラマス釣りには、敵も競争も争いも無い。初めて会ったフレッシュなアングラーとの忘れられない出会い。片や人生初サクラ、もう一方は恋焦がれた神通マスとの生涯忘れえぬ出会い。1本1本の出会いの価値は比較しようも無い。
とうとうと流れる大河があり、海から巨大なマスが遡上する。この、至宝の銀鱗に触れた者はもう一生この磁力から逃げられなくなってしまうのだ。主役はいつも、母なる大河と大海原から回帰した完全無欠の春の夢なのである。
僕たちは、恋焦がれてその瞬きに触れたいと川に立ち、永遠に尽きない夢物語をずっとこれからも求めて行くのだろう。
最終的に解禁日は、僕らの2本、僕らのポイントに続くその下のトロで2本。その他監視員に聞いたら情報によると+2本で、計6本のサクラマスがあがった。
解禁日の人ごみで、決して良い釣果とはいえない。その中でも、4本はここぞと思ったエリアで出た。結果的に、僕らが川全体の核心部に入っていたことになる。



しばらくすると時を見ていたのか、天からものすごい勢いで雹(ヒョウ)が降ってきた。風は横殴りで、突風が吹き荒れ真横から雹が体を叩き付ける。
遠方では青空が見える。僕たちの場所だけ、猛烈に大荒れの状態だ。雷鳴も轟き始めた。天からのメッセージか、はたまた祝福なのか怒りなのか。
「春の嵐、春の夢」それは夢なのか幻なのか・・・。

深山から下りてきた飛騨の小熊は、打ち付ける雹の嵐の中、身動き一つせず立ちすくんで遥か遠方の雲の切れ間をじっと見つめている。震える体を押さえることなくこの啓示を一身に受け、嵐が過ぎ去るまでその身をじっとゆだねていた。
春の嵐と春の夢が、厳しくそして優しく1本の杭を包み込む。母なる大河のさらに遥か彼方に、走馬灯のように神通川水系での想い出が駆け巡り、童心が太く強く流心に吸い込まれてゆく。

僕は唯ひたすらその流れに身をまかせて、心が融けていく至福の歓喜をかみしめている。
そしてそのまま、いつまでも優しく、この太く重い神通川の流れに浸っていくのであった。




ロッド:ZY ベイトキャスタークイックトゥイッチン 71H
ライン:14Lb. ナイロン モノフィラ
リーダー:30Lb. ブルート
ルアー:CDレックス 8.5cm チャートリュース
 ※流れが重く雪代で増水しているので、エクストラヘビーチューニング18gをチョイス


田中 秀人





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