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ザウルストレイン
森下 久志
ESSAY: Hisashi Morishita


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とにかく久しぶりに走る中央高速道路。
右に見える競馬場、左はビール工場。
そう、あの中央フリーウェイ。
何年ぶりになるだろう。
鼻歌を歌えば景色は昔とあまり変わらない気もする。
という事はこの道が単純に古くなったと言うことだ・・・
そうだよな、この道は新しくできた高速道路に比べるとデコボコも多いしアップダウンがきつくて走り難い。よっこらせ、よっこらせと登っては降る。
そうこうしてこの道も大月インターを越えると何だかんだいっても旅情が増してくる。
勝沼まで来るとここからしばらくは甲府盆地だ。
流石にエアコンを回していてもあっちいな~。
盆地に住まない僕にとっては「盆地」この響きだけで参ってしまう。貴兄が東京って聞いただけでぐったりするのと同じ。
東京も連日連夜、猛暑日に熱帯夜だったから休憩で寄った諏訪湖のサービスエリアまで来るとその名の響きのおかげで少しだけ暑さも和らいだような気がした。僕は相変わらず単純だ。

ゲームフィッシング。
この言葉はイギリス伝来で僕らがルアーフィッシングを知った頃のカッコイイ言葉の一つだった。
ゲームには尽くマナーやルールがある。
ゲームの代表格の狩猟。このゲームには猟期、同じゲームバードでもオス、メスの違いで狩猟の対象としての決まりがある。そしてゲームはリリースされることなくはく製にされるか食卓に上る。
スポーツフィッシング。
こちらは何となくアメリカ発のイメージ。IGFAなどの各団体の各種競技会、いわゆるトーナメントが盛んに行われ、魚を釣ると言うことを楽しむことに重きをおいた発想であると考えている。スポーツだから一部を除いてリリースが基本である。
今回の目的地は長野県の犀川。
超が付くほどの有名河川だから一度は行ってみたいと常々、思っていた。
昨秋、仲間が犀川で釣ったニジマスの写真をメールで送ってくれた。僕はそのコンディションの良い魚体に僕は一発でシビレテしまった。
犀川の管轄漁協は上流部の犀川漁協、下流部の犀川殖産漁協というふうに分かれている。
今回、上流部の事情は割愛。あまり分かりません。
下流域は東京電力平ダムから次の東京電力水内ダムまでは魚も散っているだろうがキャッチ&リリース区間の穂刈橋あたりまでが僕らの今回のゲームのステージだろう。

ルアーフィッシングは僕の中ではゲームだ。
ゲームには結果を求めるための確固としたスタイルが必要になる。
英国流の狩猟はゲームによってシステムが違う。ゲームによって使う犬も違う、使う銃も違う、そして使う銃弾も違う。
英国流のマス釣りにも厳しい流儀がある。英国流のゲームフィッシング、有名なサーモンフィッシングはこれまた規律に法った諸々に縛られて誰もがおいそれと簡単に楽しむと言うものではないそうだ。
スポーツフィッシングとは僕にとってはより現代的でスマートでもっと明るい釣りのイメージだ。デカいお洒落なボートで外洋を走り回りトローリングで大物を狙ったり、派手なカッコいいシャツを着てロッドを右から左からはたまた下から振り回し華麗にキャストをキメるそんなアングラー達の姿が想像できる。
だからと言って僕の釣りが根暗な訳ではないが多少のストイックさがあるのでその辺をひっくるめてスポーツフィッシングなんて言われるとチョット尻の座りが悪くどこかが痒くなる感じがする。

今回の僕のゲームはニジマスをベイトキャスターとブラウニー、そして瀬で釣ること。
当然、ガイドさんが薦めてくれるポイントによってはCDレックスなんかも使ってみるつもりだが基本はブラウニー。だからできれば瀬の釣りがいい。でもそのことは午後になったら言ってみよう。最初はお勧めのポイントでこの川について勉強しようと思う。
夏のニジマスはコンディションがマックスとなる。彼らにとってこの時期は盛期といっても過言ではないだろう。意外と高水温に耐えられるようで20度くらいまでOK。だからこの時期はガンガンの瀬に入り盛んにエサを獲るイメージだ。そうなるとブラウニーの出番となる、と思うのである。もちろん、老練な大物は湧水のある深場に身を潜めているかもしれない。でもその魚は今回の僕のゲームではない。単純に僕は底ベタの魚も釣りにも魅力を感じなくなっただけなのだ。

朝の4時に起こされて寝ぼけていてまだ倒れそうなのだが無理やり気合で身支度を整える。
一番目のポイントは表現は良くないが橋の下。水深のある大場所だ。しかも先週の雨の影響でかなり濁りが残っていて、水量も平水時より10~20cmも高いそうだ。
ここは仕方がないのでまずはCDレックスをキャストする。このポイントでは気合とは裏腹で完全に空回り。まともな釣りになってない。
次のポイントは上流に移動して少し早いが念願の瀬の釣りになった。
大きな岩盤が数百メートルにわたって地盤を形成し、そこに大きな石がゴロゴロと入っている。当然、岩盤のスリットやポケットもポイントだし、よく観察すると所々に複雑な流れが急に一本にまとまる流れの筋やフラットができている。ここもミノーを送りこみたいグッドスポットだ。

ゲームにせよスポーツにせよ日本の釣りはと言うと、サケ、マス、あるいはアユなど漁業として成立する魚種にはキチンとした制限があるがそれ以外の魚種になると極めて曖昧、ローカルルールか各漁協の定める規則がそれとなる。
この犀川はニジマスに限られているが周年を通して釣りの対象となっている。各地で冬季のマス釣り場が開設されているがこの川の事情は少し違うようだ。

前夜に話し込んだ漁協関係の方の話では単に成魚をバンバン放流して有漁料だけはしっかりと徴収する「無管理釣り場」化させるのではなく、漁協は川で魚を育てようとしている。放流する魚の量もそのコンディションも考えられている。放流後の残存率の高い遊泳力のある、しかも成長を見越して25cm前後の個体をメインに放流しているそうである。そしてキャッチ&リリース区間を設けてそこで3年、4年越しのコンディションの良いニジマスを増やしてアングラーを楽しませようという算段。そこに心意気を感じる。この精神はゲームやスポーツに通じると思いませんか!漁協の設置した看板に書かれている「犀川には夢があります!」この一言。他の漁協でもぜひ参考にして頂きたい、それだけの価値あるモデルケースだと思う。ここはゲームフィッシャーもスポーツフィッシャーも餌釣り師もルアーマンもフライマンも皆が笑顔になれる川だ。
肝心なその後の釣りの方はというと、この日の2番目の岩盤ポイントでハマってしまった。僕は当然、ブラウニー・ファミリーで、他の仲間はCDレックスやスパシンで存分にニジマスの引きを楽しめた。


僕の場合、特にトランとパピヨンが大活躍だった。ブラウニー11cm、9cmも釣れるのだが、今回はトランやパピヨンの少し派手な動きの方がより多くのニジマスを誘った。ミノーのカラーはヤマメやアユといったナチュラル系からチャートバックやPHブルーバックOB-PMなどのアピールカラーの全てに反応があったのでその傾向は測りかねた。当然、この日のコンディションを考慮すれば後々、コンディションの違う時に再度トライしてみたい。
その上、ブラウントラウトまで釣れた。漁協も戦後以来、数十年は放流していないという。ということはこの魚は天然再生の魚となる。我ら日本国民の過度の天然モノ偏重はあまり感心できないがそう聞かされるとやはりまんざらではない。考えてみれば同じサイズの魚でもブラウンの方が良くジャンプし、引きも強かったような印象が残った。これは他のゲームフィッシュと共に大切にしなければならない貴重な釣り資源だと思う。




粘れば一日中でも連れ続きそうなこのポイントはもう十分。昼食は道の駅でそばを食べ、その後、みんなが釣りをしている間に前夜のウィスキーが過ぎて睡眠不足の僕は砂地の河原で昼寝をして夕マズメの最後のポイントに挑んだ。

そう、この日最後の自分だけの納得のゲームを求め、思い思いのポイントに散らばる。僕は岩がゴロゴロとした太い瀬を選んだ。田んぼで農作業中の御老体に挨拶して畦を通してもらう。相棒は当然ブラウニー。最後はトラン8cmのブラックゼブラを選んだ。夕刻が近付き川の風も一層涼しさを増した夕暮れ。そこにはやはり都会とは違った夏があった。最後の一匹はどうしても納得したい。じゃ、一体どうすれば僕は釣りという遊びの中で納得できるのか、それはまだまだ暗中模索だ。単純に考えるとそこに喜び合える仲間がいたり、道具や釣り方に関して自分なりのこだわりと少しの我がままとかやせ我慢が通用した時、そう言ったちょっとだけ自慢げになれる要素があれば満足できるのだろうか。
そしてこの日のフィナーレとして一匹のニジマスが僕の想いに応えてくれた。このニジマスはフッキングの後、3度もジャンプして僕を興奮させた。40cm程の小さい魚体で荒瀬に抗い、魂を焦がす程の真剣勝負を僕と演じてくれた。僕にとってはとびっきりの一時だった。吹き渡る夏の夕暮れの涼風、赤く染まり始めた西の空、ブラウニーで釣ったたった一匹のニジマスがこれほどまでに心を打つものなのかと改めて感じ入った。数年後、僕は再び君に巡り合えるだろうか。それが叶わないとしても永く生き続けて欲しいと願わずにはおれない。
僕の釣りはゲームだ。釣った魚はリリースするけど、その点を除けば断じてゲームなのだ。ゲームでリリースをしてはいけないといった掟はないはずだ。無論、紳士はリリースするようなゲームは最初から相手にしないのだが・・・。僕の釣りにはプロセスを楽しむ独自のこだわりやルールがある。所作にも作法にもこだわっていた則さんからの直伝だ。自分のゲームを貫いて、自分だけの一匹を狙う。そうやって出会えた魚の一匹、その一匹が一生僕の記憶の中で生き続ける。そしてその釣行も永く記憶に残る。忘れられない釣りや特別な一匹の思い出が貴兄にもあるでしょう。僕はそれほど記憶力がよろしくないので数打ちゃ当たると言う訳にはいかないがこれからも記憶に残るいい釣りを、いいゲームを期待している。オヤジの階段を上る毎にその思いが強くなる。そりゃ海外に遠征してみたり、夢のような大物が釣れたりすればその思い出はしっかりと記憶に刻まれるだろう。しかし釣りとはそれだけではないと思う。
若いころには毎週のように渓流やオフショア、時には磯に泊まり込み、仕事の前にはバスを釣り、帰りには毎晩シーバスだったが今はそうはいかない。あの頃の僕の釣りはまさに疲れを知らないスポーツだった。釣れりゃそれでよかった。そのことに自分らしさを求めていたし、それがゴールだったし、釣果のみが求めた答えだった。純粋に釣ることの楽しさだけを追い求めていた30代だった。
でも今は違う。人生の折り返しに鑑みて残りの我が釣り人生をより華やかに、より色濃く彩るには何が必要なのか。
Game or Sports・・・
実はそんな事はどうでもよくて、結局はモノゴトを少しだけ面倒くさくすることでそこにプロセスが生まれ、そして自然と釣りの、人生の楽しみの奥行きを広げてくれるのかな。あの頃は面倒だった一つ一つを今では則さんと同じようにやっているのが恥ずかしくもあり、可笑しくもある。

最後にこの釣りをコーディネートしてくれた仲間達に改めて謝意を表したい。また記憶に残る楽しい釣りができました。ありがとう。


(2013年8月)




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