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SAURUS > エッセイ > 田中秀人 > 早春の使者、ガンガン瀬の妖精
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Tokyo Rod & Gun Club
田中 秀人
ESSAY: Top Notch


ESSAY TITLE



昨晩から春雨がしとしとふり続いている。
一面の霧に包まれ、深い森にまよい込んだような不穏な空気に包まれる。誰かに見つめられている。ふと、ふり返るが誰もいない。

間欠ワイパーのリズムにケルト・ミュージック(北アイルランドのトラディショナル音楽)のストリングスが妙にシンクロしている。そして僕は今、北陸道を一路、三面川を目指している。

日本海からの突風にあおられキャンパーのハンドルが取られる。さらに新潟大震災の影響で柏崎近辺は路面が非常にバンピーになっていて、ナーバスなドライブが緊張感を煽っている。
「あ 危ないな・・。スピードを落とそう・・。」
時速70キロ。ところが今度は後方から来た暴走トラックに煽られる。
「なんてこった、どうしたんだろう今日は・・・。」
解禁を迎えるのだが、浮かれるというよりも、何か迷子になったような不安に追い立てられている。
やっぱり誰かに見られているような不思議な気分に陥り、一度バックミラーに目を向ける。「だれもいない・・・。」
思いにふけってゆく。


あれは数年前の出来事。初めて三面川に向かう途中、1本の電話が入る。

「おいヒデか、三面川か・・・。俺が一番好きな川だよ、新潟で。」
「えっっ?一番好きって、魚野川とかじゃないんですか?」

「ダムから冷たい水が年中放水されて夏でも良いイワナが釣れる。ヤマメもいい。そして何よりも渓相が素晴らしいんだよ。迫る山に囲まれて、そこにいるだけで気分がいいんだ。昔よく通った思い出の川だよ・・・。俺の分も良い釣りをしてきてくれよ、頼んだぞ。」

「わかりました、楽しんできます。ですが近いうちに、則さんと一緒に三面に立つことを夢見ていますから・・・。その時の為に今回は偵察に行ってきます。」
事情があって釣りに行けない師匠を都会に残し、初めての川を目指していた。
そして、願いが叶った今、則さんのお伴で毎年のようにその川に立っている。

眩しく、眼下にきらめく早春の三面川。時に優しく、そして厳しい。
ひとたび荒れ狂うと全てを寄せ付けない怒涛の流れが、雑踏にまぎれる、やわな現代人をいつも一瞬にして孤独に追いやってしまう。
それでも僕らは、その魅力にとりつかれて毎年のように三面川詣が続くのであった。


村上には母なる川「三面川」があり、ミネラル分が豊富な豊かな伏流水と上質の米が支える銘酒「〆張鶴」がその伝統を今に伝える。

食は村上牛や鮭料理に代表されるように、強い思い入れと情熱にあふれ、民の水に対する尊敬の念と川に対する愛情はこの街の息吹として太古の時代から受け継がれて、繋がっている。
村上人(尊敬の念をこめて「むらかみびと」と呼ばせていただきます。)の川に対する思い入れの強さはいつも驚きをもって見つめている。
そのプライドと、情熱があるからこそ、日本で初の鮭の人工繁殖に成功した川「三面川」として、水産業にも絶大な功績を残したのだ。皇室に献上される鮭。この伝統と意地が今世紀にも繋がっている。この地域(街から人から魚から)から発せられる、圧倒的な自信とパワーに毎度のように驚嘆させられる。

鮭の伝統漁法の「てんから」そして、巨大な鮭の塩引き鮭。名産の「鮭びたし」は〆張鶴にひたひたに浸して、広がる三面川の風味を味わいたい。
まぶたを閉じると、あの河口にそびえたつ岸壁の自然林が潮風にのって飛び込んでくる。
全てが、流域に広がる自然林、広葉樹の森がこの豊かさを支えているのだ。
失われつつある、あるべき姿がここには有る。

三面川で象徴的に守られ大切にされている魚「鮭」。
そして今は、サクラマスの解禁(残念ながら、狭き門の抽選による入漁権利獲得の上でサクラマス釣りが可能。)と共に、鮭とその両翼を担う存在にまで注目されている、春の使者「サクラマス」。
鮭、サクラマス、そして海と川を行き来する日光イワナ型のアメマス。
天然遡上のアユに、希少種のヤツメウナギも生息する、これほど豊かな川は本州にそれほど多くは残っていない。

こうしたこの地を訪れると、なぜか懐かしさと安らぎを感じ、またしても村上に足が向いているのだ。
遠征というよりも、「ただいま!」ってな感じかな。三面川は僕にとっても最も大切な川の一つなのだ。

今年は色々あって、1人きりの解禁前夜祭を迎えた。例年の爆破するような前夜祭は今回おあずけ・・・。

当然、鮭びたしと〆張鶴を頂く。空腹にキューッッと冷えた米の精がしみこんでゆく。
そのまま天を仰ぐと、見事な星空が満面に広がり、吸い込まれんがばかりの迫力で武者震いする若僧を包み込んでゆく。

東京のベイトキャスターが合流する予定だが、事情があって明るくなってからの三面入りとなりそうだ。
「先にやっててください。」とのことだが、あまりあせってもろくなことは無い。
皆が合流したら、比較的上流の空いているポイントを探しながらやろう。午後からは、村上の友人、佐久間氏も合流する。じっくり構えて、壮大な流れを堪能しようと早めに床についた。

朝は一面、霜がおりて冷え込んでいた。
「サクッ サクッ・・・」
枯れた芝生に霜柱。目覚めたウェーディングシューズが音を立てる。「冷え込んだから、チャンスは9時10時くらいかな・・・。」
下流はともかく、瀬に入るやつは少し日が昇ってからだろう。出動が遅れ気味なことを良いほうに解釈しようと、こじつけも半分入っている。
本当は下流域での、朝一の釣果がものすごく気になっている。

ベイトキャスターが集う。
ポイントを探すが、上流まで好ポイントは人でびっしり。「さすが、日曜日の解禁日。」

「ビシュッッ!シュイーン!」ロッドが張り詰めた氷点下の風を切り、スプールの回転音が遥かかなたの本流のピンスポットに吸い込まれてゆく。
朝もやの中、あちらこちらでロッドの風を切る音が木霊している。
「ビュッッ!ビュッッ!」

午前は人の多さにやられて、思う釣りができない。
午後に入ると、地元の友人、佐久間氏が合流して作戦を練り直す。
「竿抜けを狙おう。人ごみに追われて逃げているサクラマスをピンスポットで・・・。」友人のチョイスで、雪原をラッセルすることにした。
車がスタックするほど雪も残っている。日が上がって雪が緩み、ラッセルは膝まで沈み込む。
「カンジキもって来ればよかったな・・・・。」

汗ばむ額。日は真上まで上がり、残雪とはアンバランスな組み合わせが目前に広がる。
ふと目をやると、訪れる春を待ちわびてネコヤナギの芽が遠慮がちに顔を出している。辛く厳しい冬を乗り越えて、今またこの日差しに柔らかくつつまれている、生ける者たち。
荒ぶる気持ちが、ネコヤナギの綿毛のように優しく柔らかく溶けてゆく。
「まあまあ 慌てなさんなって・・。」おおらかな自然が語りかけてくる。

「ザクッッ ザクッッ ザクッッ」強く、しっかりと雪原を踏みしめてゆく。
雪原と川面がキラキラときらめき、釣り人は引き込まれるように核心のスリットを目指している。分流と本流が合流する場所に縦にスリットが入っている。分流も太く、スリットの上側までしかウエーディングできない。瀬はガンガンに早いが、その中に深いスリットがあるのだ。
上半分はクロスに、ややダウンクロスにU字を描きながら、トゥイッチを入れて本流の縦溝を輪切りにしてゆく。
膝上までウエーディングすると足元の砂が洗われて行く。
無理をすれば生命の危機が訪れる。

これ以上入ってゆけないので、後は完全にダウンになりCDレックスを送り込んでゆくしかない。
朝から散々ルアーを見てナイーブになっているのでCDレックスはサイズダウンの7cmをチョイス。サスペンドぎみにナチュラルになじませたいので、1gプラスのチューニングを選ぶ。
スリットのけつのかけ上がりは、そのすぐ下流に流木の巣があり、サクラマスがヒットしたら相当ひどい目にあうと、覚悟のうえでの竿抜けポイントだ。
予想通り、上流側では何も起こらず、核心のけつのかけ上がりにさしかかった。
送り込んでリトリーブすると60cmくらいの水深をCDレックスが泳いでくれる。止めてやると1mくらいでステイする。スリットの最深部は2m弱。
ボトムを取る必要は無いがあと20cmくらい沈めて誘いたい。
ロッドワークを加えて10cm単位で出し入れしていると、ガンガン瀬の抵抗が一瞬緩んだ。
「フッッ・・・。ココッッ!」
「ま・前当たりだ!!」ゴクリとつばを呑む。

すかさずクラッチを切って少しだけ送り込んでやる。
ボトムに張り付いたサクラマスの攻撃射程圏内の、ボトムから30cmから40cmに入れてやる。「パシッッ!パシッッ!」ロッドを上流に倒してプラグが浮き上がらないように2回 トゥイッチで誘いを入れる。
ここでロッドを立てると、せっかくの射程圏内から一気にミノーが姿を消してしまう。
「うん?」
「モソッッッ!ズドッッンン!モソモソッッ・・・」重く、鈍く、CDレックスが押さえ込まれた。

さてどうする・・・。ここからが大変。かけた場所は超A難度のガンガン瀬のスリット。悪いことにもう一歩も下れないし、その下には流木の巣が待っている。
「モゾッッ モゾモゾッッ・・。」うずく、生命体。
「バッシッッ!!」1発合わせをくれてやる。静寂を切り裂く風きり音と共に沈黙が破られた。

生命体は猛烈にもがきながら、スリットを出てローリングしながら一気に下の流木群に突っ込もうとしている。
2キロテンションのドラッグが無残にも滑ってゆく。
「ズズッッ ズズッッ ズズズズズーッッ」
「だめだ!これ以上でたら終わり。一か八か勝負だ!」

ドラッグをフルロックして、さらに親指でスプールを抑えて、ロッドは水面すれすれに寝かせてボウをする。
「ゴン ゴン ゴン ゴンゴン ゴゴゴン」10秒ほど抵抗してなんとか一発目の走りを止めた。

サクラマスはスリットの中に戻って、底に張り付いた。一回目の危機を乗り越えて、ここで追い合わせを2発入れる。
「バシッッ!バシッッ!」
「ゴゴッッ ゴツッッ!」貫通の手ごたえ。フッキングの硬さで、おそらく口先だろうと推測できる。
ばれやすい状況だったがなんとか魚を乗せることに成功。しかし、ここからが壮絶なファイトの始まりだった。
寝かせていたロッドをいよいよ立てて、ボトムからサクラを引きずり出す。

「モゾッッ モゾッッ ズズズッッ。」強引に引きずり出すと、今度はガンガン瀬に突っ込んで行った。」
「ギューン ビ ビーン!」猛烈なスタートダッシュで瀬に突っ込んでゆく。
「すげー 強いぞ!」瀬の中を上に下に走り回っている。
「最高のファイトだ!」完全に戦闘モードに入り、ボウにサイドプレッシャーにとサクラに圧力をかけてゆく。
上流に走り、さらに分流に突っ込んでゆく。ななんと、360度ぐるぐる走り回って猛烈に抵抗しているのだ。
「すごい引きだ!」ドラッグはまた2キロに緩めてある。
巻きすぎて早く寄せすぎると、足元で大暴れされて、せっかくのヒットがばらしにつながる。出来るだけ走らせて、弱らせてから寄せたい。
スリットと下流の流木にだけ注意する。

さらに5分ほど戦っただろうか。ようやくスピードが落ちてきた。本流側の強い流れの中で頭を2、3回出して空気を吸わせると、抵抗が鈍ってきた。
「おーい!ヒットー!」ここでようやく仲間にヒットを告げる。
あわててベイトキャスター同志がかけよる。
瀬の中で砂に足が洗われ、ネットをかざすとサクラが下がってゆく。そこで同志がランディングアシストしてくれて、一発でネットイン。

「で でかいですね!」ベイトキャスター同志たちの視線がサクラマスに注がれる。
声をかけられるが、息が上がって返事が出来ない。(でかいだけじゃなくて、かけた場所もすごかった。そして、むちゃくちゃ引いた。)
全く声が出ない。

狙って絞り込んで手にした一本。
ベイトだからできたストロークとアクション。ベイトだから止められた猛烈な走り。
「春の使者、ガンガン瀬の妖精」が僕の手に収まった。
次の瞬間、サクラマスと目が合った。
背筋に悪寒が走る。マスとは違う何かが僕をにらみつけている。。

恐ろしく、霊気を感じるほどの厳しいきつい目つきのサクラマス。
見事なプロポーションの60cmオーバー。これほどきつい表情を見せるメスは初めて見た。
きつい性格のマスだからこんなに引いたのか。きつい性格のマスだからこんなに早くガンガン瀬に入っていたのか。
サクラマスをみて畏怖の念を抱いたのは初めてだ。

サクラマスと言っても本当に一匹一匹違う表情を見せてくれる。
その自然の奇跡と混沌が、僕たちを虜にしてやまない。
そして、妖精に触れたとたん、僕らの荒ぶる心は全てリリースされ、万事が報われ、あらゆるしがらみから開放されるのだ。

その夜は、東北の仲間も駆けつけて、東屋を設置しての晩餐。仲間が集い、村上牛にラムのロースト。
フランスの小麦粉を使用したこだわりのパンが薫り高く肉汁をアシストする。
ワインは引き締まった空気とラムの個性、村上牛の芳醇な旨味を引き立てるようチョイスした、南仏プロバンス地方のヴァン・ド・ペイ(地酒)
古くからあるブドウ畑の品種は10数種類にも及びそのブドウ品種すら特定できないほどの歴史とカオスがそこには存在する。
A.O.C.(フランス政府が保証する原産地呼称および、ブドウ品種と品質の証明)のわくにはめることの出来ない、スパイシーでふくよかな個性派のやんちゃ坊主だ。
こいつが今宵のよき相棒なのだ。

ラム ローストのこげる煙が、燻製のごとく香ばしいアロマをふりまく。
鉄分や赤土のようなアーシー(地球のミネラル)なニュアンスが支えてくれる南仏の暴れん坊がみごとにマッチする。
ただしこの暴れん坊、荒々しい中にも、なぜか優しさが同居しているんだ。
南仏のヴァン・ド・ペイが早春のネコヤナギのように、そして優しいビロードのようにパーテイーをつつみこんで込んでゆく。
よいワインに飲まれてしまうというのも、悪くない。
響く、友の笑い声。尽きない宴。

ふと、グラスを手に東屋の外に出た。今宵も星が降り注ぐ。天気がよいと、放射冷却で夜は冷え込んでくる。
身を引き締める、春風が頬をたたいてゆく。
ブルッと身震いして天を仰ぐと、またもや幾千万の星空が僕の心を支配する。星が流れてゆく。
その中でも一段と光り輝き、目を向けたとたん、猛烈に瞬き始めた巨星が目に入った。
「則さんと相棒の森がいなきゃ、王将と飛車落ちだな・・・・。」次の、三面川はきっとフルメンバーがそろっている。

響く宴のハーモニー。そして、僕の心はもう川面に向かっている。
尽きぬ夢、美しき銀鱗。
野生が生み出す、完璧な芸術作品。そして、あの妖精との出会いを求めて、僕らはまた明日もあの本流のピンスポットを目指している。


ロッド:ZY ベイトキャスタークイックトゥイッチン 71H
ライン:14Lb. ナイロン モノフィラ
リーダー:30Lb. ブルート
ルアー:CDレックス 7cm + 1gHIDEチューニング チャートリュース


田中 秀人





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