SAURUS LOGO
SAURUS Official website
SAURUS YahooStore    SAURUS Webshop
SAURUS > ケーススタディ & フィールドトライアル > Vol.1 [Field Trial] 夏の尺ヤマメ 飛騨の渓流編
CaseStudy Title Logo

Vol Title Logo
TOKYO ROD & GUN CLUB 田中 秀人Vol bottom line
Vol bottom line
夏の尺ヤマメ 飛騨の渓流編




いよいよ夏本番。
梅雨が明けて真夏の太陽がジリジリと照りつける…
今日も朝から猛暑日が予想される。


そんな梅雨明け直後に待っていた、真夏のある一日の出来事。
ザウルストレインの新企画 「ケーススタディー+フィールドトライアル」
先日お送りした『.夏の渓流をどう攻めるか・ヤマメ・アマゴ 飛騨高山編』をベースに、それを実証するフィールドトライアルに挑むことになった。
夏ヤマメの攻略法を状況に応じて、何日かかけていろんなパターンで釣る。
それをトライアルとしてまとめるのだから、ひと夏通せばチャンスは何回かあるだろうと高をくくっていた。


ところが、ザウルストレインの森下氏いわく。
「ヒデさん!トライアルは一日で決めてください。釣れるに越したことは無いけれど、もし釣れなくても、なぜ駄目だったかを含めてフィールドトライアルとしてまとめてください。理想的にはややタフなコンディションでやってもらった方がトライアルとして面白いと思います…。」


「うーっむ……1日で決めるのか。」


そこまで言われたら燃えないわけにはいかない。
ただでさえ釣るのが大変で、非常に難しい尺ヤマメ。
そして輪をかけて難易度の高い「夏の尺ヤマメ」
だめでもなんでも、意地でその1日に決めるしかない。
ありとあらゆる引き出しを使って、なんとかベストを尽くそう。
僕にも意地がある。


森下氏に「トライアルは7月12日に固定して、この日にやりますぞ。」
こう伝えてその日を迎えることになる。
(別に日時まで指定しなくてもいいのにね。本当に意固地で天邪鬼(アマノジャク)です。)




2011年7月12日(火) トライアルの実行日を前に、飛騨地方は例年より2週間近くも早い梅雨明けを7月10日に迎えた。
「梅雨明け直後の10日は猛暑」という言葉が気象用語にあるくらいだから、しばらくは猛暑の日が続くのだろう。

7月10日の時点で狙いを定めている宮川水系の支流群の水量は平水。
このままではドピーカンにジンクリアーの水に水温18度に気温30度以上という厳しい状況が予想される。
それでも、この1日に集中するぞと決めたのだ。

7月11日の午後になると、突然の変化が飛騨地方を襲う。
梅雨前線は東北地方よりさらに北に居座り、飛騨地方は広く高気圧に覆われている。
そんな最中、この時期特有の積乱雲が異常に発達した。
夕立か?いやスコールか?いやゲリラ豪雨となって局所的に飛騨地方の山間部を襲った。
夕方の時点で飛騨地方の一部に、なんと「大雨洪水注意報」が発令され、夜の9時に注意報が解除されるまで、バケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨と雷鳴が轟き渡った。


いくらなんでも極端すぎる。ドピーカンの30℃超からいきなりの豪雨。
もはや夕立とは言えない。
子供のころから僕の知っている夕立は、ザーッツと降って一気に夕方から爽やかになる。
「暑いね。一雨、夕立でも来ないかね。」そういうものだった。
しかし近年のそれはそんな爽やかな物ではなくなった。
へたすれば「災害」なんてことも有り得る集中豪雨に襲われることも珍しくない。
土砂崩れに土石流。もはや鉄砲水どころの騒ぎじゃない。
地球温暖化の影響か?異常気象か?あきらかに気候が変化してきている。


この日の夕方もそんなゲリラ豪雨が水源を襲った。
あわてて、飛騨地方の積乱雲の発生位置と降雨状況をインターネットで調べる。
飛騨山脈方面はとくに集中的に豪雨が降っているようだ。


「宮川右岸の支流は全滅だな…。」
飛騨山脈を水源とする右岸の支流群、高原川水系をはじめ宮川水系の有力な支流、小八賀川、大八賀川、荒城川は絶望だろう。
上宝地区(高山市の高原川 上流部地区)の友人に電話を入れてみる。
「すごいことになっていますよ。土砂降りで土砂崩れ寸前です。」
宮川水系の右岸側支流は通常でも濁りの取れるのが遅い。
もはや明日のトライアルの選択肢から外さざるを得ないだろう。
清見地区(川上川、小鳥川のエリア)の友人に連絡を入れてみると、「土砂降りです。結構増水していますよ。」
ピンポイントで雨雲と降水量を見ると、川上川と宮川の源流部、小鳥川はなんとかいけそうだ。
たとえ泥濁りに増水しても左岸の支流群は濁りの取れるのが早いという特徴もあるのだ。
いざそれらが全部潰れても、ダム下区間や伏流水エリアなど災害時以外は釣りになるポイントもいくつか押さえてある。
こうして情報を整理して当日は宮川左岸の支流群を狙うと決めた。


夏のヤマメはちょっと増水したからといって、そう簡単に爆釣とはいかない。
魚はスレっからしで、水温上昇と共に警戒心も最高潮に達している。
水量の多いその状況に合った流し方が出来なかったら、釣果どころか釣りにならないとあきらめてしまうアングラーも多いのではないだろうか。
尺上 夏ヤマメの釣果は、こうした釣りになるかならないかギリギリの増水した水量の中で、しっかりと流すことに成功すればその可能性が一気に高まるのだ。
偶然その場所に立つのではなく、そうしたギリギリの状況を見きわめる目利きが必要だ。
すなわち尺物が出る可能性がある水量の川をチョイスし、ポイントを選びそこに立つ洞察力と情報収集が必要になる。


こうして7月12日、宮川支流の川上川の上流部に狙いを定めて川に降り立った。


「川上川」
川上岳を源流とし、宮川に合流して高原川と合流した後に大本流「神通川」となって富山湾で日本海に注ぐ。
川上岳を分水嶺として太平洋側に流れるのは馬瀬川。飛騨川に合流し河口近くで木曽川と一体となり太平洋に流れ着く。
山頂を隔ててわずか数メートルの差で、ヤマメの生息域(日本海側)とアマゴの生息域(太平洋側)に水を分ける。
その影響か、川上川にはアマゴも混生している。
古くは歩荷(ぼっか:その昔、背中に荷を積んで運んだ人々)が分水嶺を越えてアマゴを運んだと言い伝えられている。
川上川の下流域から中流域は平川の里川で、この時期はアユ師がひしめいている。
僕の狙いは彼らがほとんどいなくなる上流部で、そのエリアに入るとグッと渓相が変わり、淵あり瀬あり、ぶっつけに岩盤にと、よだれが出るような渓相に変化してゆく。
この川は非常に魚影が濃く、ヤマメ、アマゴ、イワナ、ニジマスと飛騨で狙える主なトラウトたちが混生している。
夏の増水したタイミングで尺上のチャンスも有る。


川に立ったのは午前4時過ぎ。
渓流において、この時期の尺上はがぜん朝マズメにチャンスがある。
同じ水量で同じ水色でも、ドピーカンの真っ昼間となると、その可能性はほとんど無くなってしまう。
直接日光が川面に入り始めると、一気に活性が落ちる。
だから、朝マズメに可能性の高いポイントに立てるかどうかにかかっているのだ。


夕マズメはどうなのかと、すぐに疑問がわくでしょう。
まず、山の天気は変わりやすい。
登山では大きな移動は午前中と決まっている。
午後からは積乱雲が発達して、雷雨の可能性も高い。特に夕方は、ほぼ毎日どこかで雷雲が活発化している。
たとえ天気が崩れなくても、逆に日中最高35℃近い酷暑だ。脆弱な僕には耐えられない。
その一方で、森の朝は20℃強と涼しいのだ。爽快な朝露が、緑を毎日濡らしてくれる。
夕方5時の気温が30℃弱とすると、体力的にも朝マズメに理想的な釣りができることは明白だ。人間の体力がどこまで続くかが、真夏の釣りの大きな問題だ。


もう一点。
夏の渓流は先行者があるとほとんど絶望的となる。(一日経過すれば、リセットされる。)
先行者の釣り方や上手い下手にかかわらず、ひとたび人がドカドカと通ってしまったら、ただでさえ警戒心の強い尺上はその日のテンションを一気に下げてしまう。
だからこそ、朝マズメを最重要視するのだ。


さて本題に戻り、いよいよフィールドトライアルの幕開けだ。
川に降り立って夜が白々と明けてくると、ようやく状況が明確になってきた。
水量は予想よりかなり多い。
「これで釣りになるのかな。」かなり不安になる。


水が少ないと文句を言い、水が多すぎると文句を言い。
釣り師は常に自然に対して、こうした愚痴を口にしたがる。
そして今朝の状況は、はっきり言って釣りになるかどうかギリギリで、川通し出来るか微妙なところ。
反面、水色は笹濁りで最高だ。文句なし。
増水で小場所はつぶれ、狙いは淵か水深のある長い瀬か。
この難しい状況も、読み切って攻略できたら逆に好条件と呼べる結果に結び付けられるかもしれない。大渇水よりは絶対ましだ。
この厳しくタフでギリギリの増水の中、作戦の組み立てが徐々に見えてくる。


「理想的には、ややタフなコンディションでやってもらった方が面白い…」
「その通り、望みの難しい増水の状況になりましたよ。森下どの…。」

いよいよスタート フィッシング。さてどうする。
先ずはスパシン5㎝を結ぶ。
大場所を通すが流れがカッ飛んでいて、あっという間にミノーが流下してしまう。
かといって釣り下ると、この時期の支流のヤマメはその時点で終了となる。
増水したからと言ってダウンで釣れるほど甘くはないのだ。
しかしここから、いくつかの引き出しを使ってこのシチュエーションに合わせた釣法を組み立ててゆくのである。
淵の泡下にミノーを沈めようとするが、50センチくらいの深度で流れ去ってしまう。
ようやく淵尻でヒットしたのは 20㎝強のアベレージサイズ。
この様子だと、1Km歩いて釣りになるポイントは3か所程度か?
かなりきつい。
一か所目の淵でいろいろ情報を探ってみる。
この水量だともはやフローティングミノーは一気に流れ去り、ヤマメがバイトするゾーンにとどまってくれない。
スパシン5㎝でも十分喰わせる場所まで入らない。


ここで、ケーススタディーにてお話しした、あの引き出しが役に立つのだ。
流れには上層の引き波と、その下の少し流れが遅い喰い波がある。
流れは複雑に2枚以上になって流れている。
このキーワードこそが、この状況でとても重要になってくるのだ。
こうした増水の状態において、上層の引き波はエサが流れても一気に流れ去るため、ヤマメは下の喰い波に定位して、その波を流れるエサにのみ反応している。
この状況で上層まで出てエサを取ることは無い。
今までこうした水量時に、ヤマメが水面でエサを取るライズを僕は一度も見たことが無い。
はっきりと中層からボトム付近のフィーダーレーンをヤマメは意識している。
迷わずサイズを6㎝のスパシンに上げる。
こればサイズアップと言うより、ウエイトアップにより、もう少しミノーの深度を稼ぎたいからだ。
それでもミノーが入らない場合は、ベリーのフックアイ付近にウエイトを貼る。
このポイントにて、ウエイトを貼ってもボトムまで入らない水量になれば、もはやヤマメも避難体制に入る。
ヤマメが捕食体制をあきらめるということは、すなわち釣りにならない状況だということだ。今日はウエイトを貼るところまでは必要ないだろう。


淵でアベレージサイズの20㎝~24㎝のヤマメが元気よくヒットするようになった。
ここでのリトリーブは流速よりほんの早く引いて小刻みにトゥイッチを加えていく。
水深2m、リトリーブコースが1m強の深さで反応が良い。
少しパターンがつかめてきた。
大場所でフィーダーレーンを意識してミノーを通してゆくと、ヒットがひろえるようになってきた。
チャートバックに変えたら、とたん連発し始めた。
朝一の薄暗い中、笹濁り。ルアーが一気に流れ去る中、チャートが見つけやすく喰いやすいからだろう。
しばらくチャートで釣り続けるが、サイズアップしない。


すぐピンとくる。
「夏のこの増水は、淵じゃない。長くて水深があって、バスケットボール大の石がゴロゴロ入った瀬だ。」
淵と淵の間に挟まれた長い瀬を目指す。
その間にある小場所は全て増水で潰れている。
狙いはいつもの大好きなトロ瀬だ。
ただし、いつものトロ瀬は物凄い勢いでカッ飛んで、上層の引き波はものすごいスピードなのだ。あっという間に、ルアーを遥か下流に押しやってしまう。
フローティングミノーもシンキングミノーも一気に流れ去り、通用しない。
ヘビーシンキングを流速よりやや早く巻くトゥイッチングでは、海の青物、ジグ キャスティングの表層早引き並みに忙しい。
それにこのスピードとアクションではあっという間にバイトゾーンを外れ、ヒットまで持ち込めないのだ。


さらにしっかり分析してみると、実際は喰い波までしっかりミノーが入っていない。
これではヒットに持ちこむどころか、このまま続けてもボウズか、はたまたあきらめて釣りをやめるしかない。しかも一度チェイスしたら、2度とルアーを追わない恐るべき夏ヤマメ。増水しているからと言って何度も何度もルアーを追うようなことは少ないのだ。


ここで、ケーススタディーにて、裏ワザとして紹介した
「スーパースロー ドリフティング」メソッドの登場だ。
瀬の一段上にスパシン6㎝チャートバックをキャストして速やかにラインスラックをとる。
スラックをとりながらただ流すと、コトコトとちょうど底を転がりながら流れてくる。
流速、重さのバランスから、今日はこのスパシン6㎝ 9gがベストマッチだと確認する。
さてここからが本番だ。作戦は決まり、次はパズルのピースを一つずつ組み上げてゆく。


とその時だ。川下から緩やかに吹いていた風が一瞬向きを変え、ふと後ろに気配を感じた。
「誰かいる。」振り返るが誰もいない。


草むらに気配がする。
ようやく気配の主に気付くと、葦の葉っぱに1匹のアマガエルがこちらに背を向けて張り付いている。
「あれっつ?なぜか他人とは思えないな。」


アマガエルにカメラを向けて接写しようとすると、ほんの2㎝アマガエルが移動してポーズを決めた。思わず笑みがこぼれる。
ふっと息を吐き、麦茶をゴクリと一口。朝一から渇いているノドを潤した。
アマガエルに背を向けて川に正対すると、背後から声が聞こえたような気がした。


「おいヒデ、一発かましてこい。」
ドキッツ「えっつ????!!今の声は・・。」


振り返るがアマガエルはもういない。
風は何事もなかったかのように、優しくゆっくり川上岳へと誘うように流れている。


ハッと我に返る。流れに吸い込まれるように集中力が高まってゆく。


ここからが本番、ついに作戦が見事にはまり「スーパースロー ドリフティング」で連発が始まるのであった。
瀬のひとつ上の段ギリギリにスパシン6㎝ チャートバックをキャスト。
瀬頭にあっという間に飲み込まれ、コトッツとボトムをとった瞬間に、チョンチョンチョンと小刻みに優しくアクションを加えてやる。それでもボトムをコンコンと触ってくるので、ロッドの角度を15度水面から斜めに立ててアクションを加えると、完全にボトムを10㎝だけ切ってモゾモゾ動きながら(動かされながら)ドリフトしている。
うまく流れるロッドポジションを確認した。
これでも底を転がるなら、30度、45度と徐々に角度をつけて、ちょうどうまく底を切るロッドの位置を見つけることが肝心だ。
このメソッドでは、こちらからアクションを加えなかったら、ルアーはただの流下物になる。
ケーススタディーの「スーパースロー ドリフティング」のところを読み返していただきたい。いままさに、このメソッドが尺ヤマメに近づくタクティクスなのだ。
流心のほんの少し脇を流してやる。
これは、ド流心だと上層の引き波にラインがとられて、早くミノーが流れすぎるからだ。
尺ヤマメは流心の引き波の真下。喰い波の先頭に位置取っている。
だからその位置取っている場所のなるべく近くを、できるだけゆっくり、なるべく長い時間バイトゾーンにとどまるよう、流心のほんの少し脇で喰い波をとらえるのだ。
水深1.2m位の瀬。
はっきりと流心が波立って一直線に線を引いている。
そのボトム付近を小刻みにアクションさせながら、ドリフトさせるのだ。
上層の引き波よりかなり遅くミノーは流れている。下の喰い波よりほんの少しだけ遅くミノーが流れている。


ケーススタディーの反復になるが、
・流れより少しだけ遅く引く
・ライスラックをしっかり取りながらドリフトさせる
・そのまま流れると底を転がりごみと一緒になるので、アクションを常に加えて動かして 底を少しだけ切る。


狙いの瀬でうまくミノーが入ったと確信したその瞬間、「ギラッツ!!」
ズドンと重みがベイトキャスター56ULに乗った。明らかに先ほどまでのサイズよりデカイ。
グリングリン体をくねらせながら流下してくる。
強引に巻き上げて素早くランディングする。


尺あるか??
メジャーを当てると、見事にあと1㎝ほど足りない29㎝の泣き尺ヤマメ。
「よっしゃー!サイズアップだ!」
見事な魚体に惚れ惚れしながら、写真に納めて静かにリリース。

「よし!いけるぞ。」
ここからついに佳境に突入するのだ。
今日のパターン、ポイント選択、ヤマメの活性がつかめてきた。

この先上流のポイントを思い浮かべる。
釣り上がる予定の4Km(一里)の中に、思い当たる瀬が10か所ほどある。
尺が出るならその瀬だろうと確信が湧いてくる。
潰れた小場所は無視して飛ばす。
川を遡上するには岩盤や深場を避けて、右岸左岸に渡りながら進まなければならない。
はっきり言って川通し出来るギリギリの水量だ。
この勢いだと腰まで浸かればもうかなり危険で、遡上できる限界ギリギリの状況だ。
普段だったら小学生が水浴びできるくらいの水圧なのだが、今日はちょっと勝手が違う。


なんと淵も無視する。
確かに淵でもヤマメは出る。しかし今日の状況だとアベレージサイズまでしか出ないような気がする。
だから絶好に見える大場所の淵も飛ばす。
チャンス有りと思い立ち、より高い尺ヤマメへの可能性にかけるのだ。


時は早朝5時を回ったところ。まだ完全に明るくなっていないゴルジェの渓流。
淵を飛ばしながら進む僕を見たら、ただひたすら川を歩いて、滝を越え、沢クルーズに挑んでいる岳人に見えるだろう。
手にはベイトキャスター56UL+アンバサダー2601c
奇妙な光景に映る。


川を急ぐ。それは午前9時を過ぎて明くなり、水面に光が入るとでかいのは喰わなくなると読んでいるからだ。
今日の天気はドピーカンの予報。時間とのせめぎ合いも気にかける。
この4Km区間の核心部分だけを時間内に全部やろうと思うと、そのほかの釣れそうなポイントも、ある程度飛ばして進むことになる。
普段だったらここまで極端にはやらない。
しかし今日のトライアルでは、スタディーケースで語ったことをなんとか実証したいのだ。
その可能性を少しでも高めるために、尺上を狙って、いつもならしっかりと狙う好ポイントも飛ばした。


誤解を避けるために少しお話したい。
いままで20㎝のヤマメを馬鹿にしたことは一度もない。僕はアベレージサイズのヤマメも大切に釣って大切に扱って、一匹釣れたらそれで本当に心底から嬉しいといつも感じる。
チビがいてアベレージがいて、尺物がいてこの豊かな川が成り立っているのだ。
チビヤマメも愛らしくていとおしくて、可憐で美しく、見ていると吸い込まれてゆくような気がする。今日もその一匹一匹が美しく、一匹一匹が死力をつくして最後まで向かってくるのだ。
尺ヤマメを狙い、18㎝のチビヤマメを釣って「なんだ、チビか。」などと雑に扱って放り投げるような釣り師にはなりたくない。


釣ったのではない。釣らせてもらっている。
自然の営みの核心部分に触れさせてもらっているのだ。そのようにいつも、肝に命じて釣りを続けている。
だから僕にとってチビヤマメも、とっても大切なターゲットだ。
チビが釣れると安心する。
川が再生して命が繋がっていることを肌で感じることが出来るからだ。
自然産卵が繰り返され、いろんなサイズが生息しているからこそ川が豊かなのだ。
チビヤマメが釣れるということは素晴らしいことだ。
デカイのだけ釣って喜んでいるようでは、上手い釣り師かもしれないが、良い釣り師とは言えない。釣りが上手くたって、ちっともうらやましくない。
どっちが上手い?どっちが多く釣った?俺様のほうがデカイの釣ったぞ!なんて人を見て釣りをしはじめると、それはもう軍鶏(シャモ)の喧嘩だ。
僕には全く興味が無い。
それどころかもっと大切な物を失ってしまう。それに気が付かないのであれば、それはもっと不幸な事だ。
釣りが釣りでなくなり、息苦しくなり楽しくなくなってしまう。


上手い釣り師は世の中にたくさんいる。
でも僕は上手い釣り師より、良い釣り師になりたい。
カッコイイ釣り師になりたい。(カッコイイ釣り師とは程遠い僕です。いつまでたっても単純なガキのままですな。)


ちょいと横道にそれてしまった。申し訳ない。
さて、あの日の出来事に戻ろう。


汗だくになって、あの渓をさかのぼる。
岩山を越え、岩盤に張り付き、押しの強い流れを踏ん張りながら対岸へ渡り、
もう1Km以上歩いただろうか。ここから、良い瀬が続く。
車でピンポイント移動するにはゴルジェに阻まれている。
だからここまで足で進めた。


ようやく核心の瀬が現れた。
緑のトンネルに包まれて、速い流れが全速力で岩盤を突っ切っている。
2、3ポイントを触ってここまで進んできたのだが、日が上がったからなのか、チャートへの反応がイマイチになってきた。
グリーンバックのヤマメにカラーチェンジする。
尺ヤマメの縄張りを荒らす無謀なチビヤマメにアタックさせようという、威嚇を狙ったカラー選択だ。


瀬の頭にミノーが着水すると、速やかにボトムに送り込む。
ここでも又「スーパースロー ドリフティング」だ
ゆっくりとモゾモゾ流れる スパシン6㎝を 本命がひったくった。
「ズドッツ!グリングリン」!一気にロッドが重く引き込まれる。
ギラギラ玉のようになって流下してくる。
もたもたしていると下に走られる。ここもやや強引気味に一発で決める。


納まった魚体は待望の「尺ヤマメ」
渓流での尺はアングラーの憧れだ。29㎝と尺(30.3㎝)では大きな壁がある。
その気持ちが沁みる(しみる)ほどよく解るからこそ、僕は「泣き尺」という言葉が悔しくて好きだ。
とても良い言葉だと思う。


状況はさらに好転してくる。
昨日夕方5時から夜9時まで降ったゲリラ豪雨は、4時間分の増水で一気の流れも徐々に納まってくる。長雨のように一日中高水位なんてことはこの川には当てはまらない。
それほど水の引きが早い特徴のある渓流なんだ。
いままさに、その引き際の絶好の瀬に立っている。
すこし引き始めた水位から、より確実に「スーパースロー ドリフティング」の喰い波に長くスパシンを置いておけるようになった。
こうなれば、さらに思い通りにミノーを流せる。
カラーは定番のアユや、困ったときのガンメタなどを加えてローテーションしてゆく。
その後サイズアップして極太33Cmと、いかつい夏のヤマメ32Cmを手にする。


1時間くらい爆釣状態になった。
尺上3本を含む、20㎝アベレージから20㎝台後半の良型が、狙ったラインで確実にヒットするようになった。出来過ぎだ。


プライムタイムを夢中で堪能すると、少しずつだが変化を感じた。
スパシンを思うように流せるようになればなるほど、ヒット数は上がるがサイズが落ちてきた。
皮肉なものである。釣りやすくなると尺上が出にくくなってくる。


時間に目をやると午前9時半。すっかり日が上がり、周りではアブラゼミが鳴き盛っている。つんざくほどのセミの声すら耳に入らず、流れの音さえも消えて夢中でこの数時間を過ごした。


予定のコースを流しきって、道路まで藪を漕ぐ。
汗だくで頭がクラクラして足元もおぼつかない。
脇の道路には温度表示計が設置されており、午前10時過ぎで32℃。絶句。


これからゆっくり、木漏れ日のアスファルトを歩きながら、元来たところまで戻って行こうか。
その途中、石清水を口に運び、飲み干した麦茶のボトルにその清水をストックする。
「こんなに歩いたのだろうか。」
この釣りをすると、いつも夢中で歩いたその距離に驚いてしまう。
先ほど川を通したあの清流を、その崖下に眺めつつ入渓地点まで戻って行くことになる。
でもその長い道のりは決して苦ではないのだ。
このかた何十年、そして何千回同じことを繰り返しても、その驚きと行程は変わらない。
その変わらない事こそが幸せなのだ。
しみじみと深く噛みしめるのだった。


車に戻ると、一つ峠を越えて宮川の源流に移動する。
ここには、昨日の集中豪雨の跡形もないクリアで明るい流れが待っていた。
でもそれでいいのだ。
夏の渓流。昼下がりの源流。ひんやりとした風が谷から吹き降ろしてくる。
ガツガツしたガキの意地はもう何処にもいない。
腰まで流れにつけて、ゆっくりと辺りを見渡す。
新緑の淡い緑は限りなくディープな深い緑へと変貌を遂げて、
人もまた森の一部となって溶け込んでいる。


その後はTY-REXの7㎝で軽快にイワナやヤマメを追加して午後のゆっくりとした流れが優しく進んでゆく。


森と川には命がみなぎる。川原の石には一匹のトンボが今まさに羽化して飛び立とうとしている。
「コヤマトンボ」がじっと耐えた旅立の瞬間を迎えようとして、今か今かとムズムズしている。
これは清流にヤゴが生息している、真夏のトンボ、ヤンマの一種。
金緑色地に黄色のしま模様を持ち。複眼が、緑色に輝いて美しく深山に溶け込んでゆく。姿かたち、色合いも、オニヤンマをひとまわり小さくしたようないでたちである。
猛烈に走り去る姿を目にすることはよく有るが、こうして接写でカメラに納めることができるのも珍しい。
今日の幸運な出会いの多くを象徴しているようだ。


こうした出来過ぎの真夏の一日。
流れと森に包まれ守られた一日。
行き急いだ早朝。対照的にゆっくりと時間が流れている午後の源流の森。
どちらも比較しようがない、僕にとって大切な時間だ。


フィールドトライアルと意気込んでスタートしたこの日。
自然の巨大なオーラに包まれ、優しく幕を閉じた。
忘れられないこの一日。
深く、ずっと脳裏に刻まれることは言うまでもない。


飛騨人でよかった。これからもよろしくお願いしいます。
今日もありがとうございました。 感謝。


この日の終わりは、最初から自然の力に委ねられていたようだ。
スタート時には、丸一日釣りをしようと決めていた。
それは夕方遅くまで、はたまた日没まで続いたかもしれない。


夕方5時近くになると、晴天の入道雲がモクモクと黒く大きく一気に背伸びして、あっという間に巨大な積乱雲となって空を覆い尽くした。
爆音の稲光と共に、一気に猛烈な滝の流れとなって、森と清流にその塊がたたきつけられた。
あっ!と思ってから、わずか10分ほどで激変した出来事。
雨はともかく、雷は危険だ。ストップ フィッシング。
土砂降りに身を任せ、ずぶ濡れになりながら車を目指す。
それなのになぜか、今日は豪雨に打たれることすら心地よかった。


「もうこの位でいいだろう。」あの日の最後は、優しくポンと後ろから肩をたたかれた。


真夏の一日
しゃにむに釣りをした、一日
また一つ大切な宝物を見つけた一日


師匠から頂いた、大切な言葉
「A DAY IN THE LIFE」 則 弘祐


いつかはグリーンマンになるのかもしれない。
僕は明日もまた、大切な物を探すために森の奥深くにまで入って行く。
たとえこの肉体が朽ち果てたとしても、きっと同じ森に棲み続けるのだろう。 (完)


・スペック データ(渓流 夏ヤマメ用)
ロッド:ザウルス ボロン ベイトキャスター 56UL―C(来春発売予定です!)
ライン:レグロン ワールドプレミアム 6lb. (パステルグリーン)
リール:アブ アンバサダー 2601C iar ULチューニング
アブ アンバサダー 2501C 6.0:1 ハイギア ULチューニング
ルアー:CDレックス スーパーシンキング 5㎝と6㎝、
ブラウニー5㎝ シンキング 2.5g、
TY-REX 7㎝、ブラウニートラン 7㎝ など
カラー:チャートバック、ガンメタ、ヤマメ、OBヤマメ、アユ、ワカサギ、金黒、など

(2011年7月)
TOKYO ROD & GUN CLUB 田中 秀人




Angler Photoアングラー TOKYO ROD & GUN CLUB 田中 秀人
トラウトプラッギングとワインを愛する工芸品アーティストでソムリエ。そして飛騨高山を愛する、田中秀人が綴るエッセイ。フィッシングのみならず、"旨い"話しを。


Vol bottom line
Copyright © SaurusTrain Co.,Ltd.