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SAURUS > エッセイ > 田中秀人 > 遙かなる我が飛騨の川 (1)
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Tokyo Rod & Gun Club
田中 秀人
ESSAY: Top Notch


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岐阜県 高山市の一之宮町から最初の一滴が産まれ、僕のふるさと高山市の中心、飛騨市を経て高原川と合流後は神通川と名を変ながら富山湾に注ぐ宮川。 巨岩、奇石、断層が連なり、飛騨から富山に流れ落ちるその渓相は荒々しく男性的だ。

その宮川にとって大きな転機が昭和38年におとずれる。 神通川第3ダムの完成でサクラマスの遡上は不可能になってしまった。

神通川は巨大なサクラマスの遡上する大河として有名な北陸の名川で、現在は抽選で人数制限が設けられているが、サクラマスを釣ることのできる貴重な河川の一つである。

その上流域である宮川は、古くはサクラマスの産卵場所として多くの命をはぐくんでいた。 僕の生まれる前の話で申し訳ないのだけど、父の話によると我が家の前を流れる水路に、毎年晩秋になると、産卵を終え、命を終えたサクラマスが流れついたと伝え聞いている。

今はダムに遮られ海降型サクラマスの姿は宮川で見ることが出来ない。

サクラマスとの交流が途絶えてしまった翌年に僕はこの世に生を受けることになり、宮川のサクラマスは本当の昔話ということになる。 今の僕が、憑依されたようにサクラマスに心を奪われているのは飛騨人のDNAがそうさせているのかもしれない。

そして飛騨人とサクラマスの関係も永遠と続いている。

サクラマスと飛騨の繋がりの名残として、現在でも飛騨市宮川町の農家の倉庫を覗くとマス漁を行っていた巨大な網や漁具がかけられている。 話しかけると、爺様の「昔はよかった」から始まるサクラマスと漁の話を聞くことが出来る。でもあまりに話を熱心に聞いていると2時間は捕まってしまうので注意が必要だ。 せっかく宮川にいるのに、釣りする時間が無くなってしまうから爺様には申し訳ないがオフシーズンに話をじっくり聞こう。

そして、食文化としてのサクラマスは本マスと呼ばれ脈々と飛騨の地に受け継がれて無くてはならないものなのだ。


春爛漫とサクラが満開に咲き誇る頃、飛騨では日本3大美祭の一つである「春の高山祭り」が開催される。 その高山祭りの郷土料理にはサクラマスの焼き物が必ず付き物だし、サクラマスの朴葉寿司は飛騨の春を彩る、無くてはならない郷土料理なのだ。

その本マスの朴葉寿司とは、新緑の朴葉がギンシャリを包みこむ。 塩漬けにした生のサクラマスを適当な切り身にして、素手で触ることの出来ないほど熱い炊きたてご飯の熱で火を通し、熊笹(姫竹)の竹の子の水煮に、あく抜きをした新ワラビ、ショウガ、ミョウガの子(ミョウガの新芽)、山椒の新芽がトッピングされる。シャリの熱で朴葉の色は鮮やかなグリーンから茶色かかった深いグリーンに衣替えしてゆく。

シャリに酢は一切使わず、薫り高く蒸されたサクラマスの肉汁がご飯にしみこみ、なれて寿司になってゆく。発酵してゆく酵母や麹などは使わず、朴葉に付いている天然の酵母がその役目を果たしている。 朴葉は殺菌と乾燥を防ぐ効果があり、冷蔵庫の無かった時代ながらの飛騨人の知恵だ。 古くから伝わるその手法は飛騨人(ひだびと)の心であり、サクラマスへの尊敬の念がこの小さな世界に凝縮されている。

春の恵みと香りをとじこめたこの至福の朴葉を開くと、飛騨の山河と長い冬を乗り越えた雪国の人々の夢と喜びが部屋いっぱいに広がって行く。 目を閉じると、飛騨の春から初夏にかけての新緑と鮮やかに咲き誇る藤の花に彩られ、やわらかな春の日差し、雪代のおさまったのどかな宮川の清流の景色が広がってくる。

このサクラマスのうま味と香り、山菜たちのあくと香りが彩なす真味(まみ)のハーモニーを際立たせるにはフルボディーのシャンパンが最高だ。出来ればクリュッグのように新樽の香りがしっかりと付いたフルボディーで酵母の香立つ古いタイプのシャンパンが最高にマッチする。 シャンパン酵母のアロマと朴葉の天然酵母の香り。この競演はこの世の物とは思えない程 目の前をパーッと明るくして、その余韻が永遠に続くような気さえする。

主役のマスの香り、山菜たちがアクセントとなり山椒の新鮮な強い香りが全体を引き締める。その全てをも受け止め風味を何倍にも膨らませてくれるシャンパンの威力というのは本当に信じられない魔力だと感激してしまう。洋の東西を越えた究極の組み合わせは奇跡だと感歎してしまう。

この男性的な宮川と女性的でやさしいサクラマスのはかなさを僕は愛してやまない。


田中 秀人






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